2007年9月11日
第39回なぜ子どもは絵を描くのだろう 心のメッセージとしての絵 色彩心理研究家・末永蒼生

3歳の男の子。立った髪の毛の形、手の部分だけに塗り込まれた赤が意欲を感じさせる。実際、この男の子は5〜6歳頃から手先が器用になり絵や工作に力を発揮するようになった。すでにその兆しが感じられる絵である ◇二足歩行を始めるように子どもたちは絵を描き始める

 子どもたちは2〜3才頃になると絵らしきものを描き始めます。時期に個人差があるものの、どの子も大人が教えたり関与しなくても自然発生的に描けるようになるものです。なぜ子どもたちが誰に教えられるまでもなく絵が描けるようになるのか、その内発的な力は不思議です。ちょうど、自力で二足歩行を始める現象に似ています。

 といっても、多くの人は子どもには描き方を教えないと絵が描けないと信じ込んでいるようです。なので、私がまったく技術を教えないアトリエを開いているというと、信じられないような顔をします。もし、教えなくても描けるようになるなら、美術教育も町の絵画教室も必要なくなるわけですから。

 でも、その通りなんです。絵は学校の美術の教科がなくても、お絵描き教室がなくても描けるようになるのです。むしろ、学校での美術の教科は弊害さえあると私は思います。美術の評価が悪く苦手になったという人の話は少なくありません。

 ここには見逃されている問題があるのです。それは、子どもはなぜ絵を描くのかという問いに対する答えです。この基本的な問いに答えないまま美術教育が行われ、児童画コンクールなどが行われてきました。それらは大人の期待にどれだけ応えることができるかという絵だったのです。“子ども自身にとって”の絵の意味はずっと顧みられることがなかったのだと思います。

 しかし、その答えは意外に簡単ではないかと思います。それは、育ち盛りの子どもの絵というものは、当然ですがまさにその育つ過程そのものを反映しているということです。

 ◇絵には脳内情報が出力されている

 最近では子どもの脳の発達にとても関心が集まっています。それだけ教育における競争が激しくなり、少しでも我が子の能力を伸ばしたいということを望む親たちが増えたからだと思います。しかし、科学技術が発達した今日でも脳のメカニズムがすべて分かるわけではありません。ところが、日常生活の中で子どもの脳と心の状態をうかがいしることのできる方法があります。実は、それが子どもたちが自ずと始めるお絵描きなのです。

 子どもの絵というものを教育的な評価の対象にするのではなく、いわば“心のCTスキャン”としてとらえ直すのです。子どもの脳の中の働き、つまり思考や感情の動きがどうなっているかを知るための貴重な生きたデータとして理解することができます。しかも、子どもはお絵描きという行為で、そのデータをカラープリントしてくれるのです。

 なぜ私が子どもの絵に対するこのような新しい認識を得るようになったかということですが、それは児童画に対して色彩心理学的な手法を用いる研究があることを知ったことがきっかけでした。今では、子どもの絵の色遣いによってある程度の心理的な解読が可能であることは、実際に子育てをしている親たちなら育児雑誌などの情報を通して知っているはずです。ただし、大事なことは子どもが描いている絵に口出しや手出しをしてしまうと、せっかくの脳内データが壊れてしまうということです。じつは、私があえて“何も教えないアトリエ”のスタイルを大事にしているのはそのためなのです。

 ◇子どもの絵を心の言語として見たら

 素朴に見える幼児の絵の中にどれほどの大切な情報が含まれているか、ちょっと説明してみましょう。たとえば、冒頭にお話ししたように点々などの表現であれば「表現したい!」、つまりアウトプットの状態であることが分かるのです。あの点々は子どもの脳が内側からボタンを押しているモールス信号なのです。

 さらに線書きが始まります。不思議なことにどの国の子どもも縦線ではなく横線から引き始めます。なぜでしょうか。これは視点が定まってきたことを意味します。なぜなら、横線はいわば地平線であり子どもが垂直に立ってものを観察できるようになったことを示しています。

 やがて円を描き、次第に出発点からぐるりと回ってゴールがつながります。これは何を語っているのでしょう。ものごとには始まりと終わりがあることを子どもが認識できるようになったことを意味します。時間感覚の始まりです。

 やがて、この円の中に点々が入り顔らしきものが描けます。子どもが最初に認識する人間の顔です。親が子どもと顔をよく合わせ語りかけている場合ほど、この顔の形の情報は正確にインプットされ、絵にもアウトプットされるようになります。逆に言うなら、子どもの認識能力を育てるためには親や周囲の大人が子どもの顔を見、気持ちを込めて接することが大事であることが分かります。

 このように一見落書きに見える幼児の絵の中に、現在進行形の育ち盛りの脳の情報、さらには感情の動きまでが逐一表現され、子どもに何が必要かということまでが読みとることが可能です。このINとOUTの力は自由な表現が保障されていれば自然の能力として発現していきます。このことには、さらに大切な意味があり、インプットとアウトプットがスムースに行われ不必要な情報がノイズとして脳内にたまらなければ、それだけ心理的な安定が保たれることにもなります。言葉を換えれば、これがお絵描きによるセラピー効果ということになるのです。最近の言葉でいうなら「アートセラピー」です。

 子育てや教育の一歩は親にとっても教師にとっても、まず子ども自身の内側で何が起きているかを理解することであることは言うまでもありません。子育てや教育における悩みは、ほとんどこの一歩でつまづくことから起きていると言ってもいいでしょう。いかがでしょうか。

 子どもたちはなぜ絵を描くのか。その一つの理由に育ちつつある大切な脳/心の動きをメッセージしているということがあると思います。それを受けとめる時、私たち大人は少なくとも子どもの内面への想像力を拡げることができるのではないでしょうか。

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